東京高等裁判所 平成3年(行ケ)17号 判決
一 請求の原因一及び二の事実は当事者間に争いがない。
二 原告は、審決には、本願意匠と引用意匠の類否の判断を誤つた違法があると主張するので、以下、この点について判断する。
1 本願意匠が別紙意匠目録一に、引用意匠が同目録二に、それぞれ記載したとおりであり、両意匠がいずれも意匠に係る物品をあんま器とすること並びに審決の認定判断のうち、両意匠は、全体を握持棒とその中央付近に嵌着した一対の押圧体で構成し、握持棒を丸棒状、押圧体を略球状とし、押圧体の中央周面に複数個の小突起を複数整列に配し、握持棒両端寄り付近に凹凸状の握り部を形成した態様においてそれぞれ共通すること、押圧体自体は、引用意匠は押圧体を一体状に形成したのに対して、本願意匠はこれを分離状に形成した点、複数個の小突起を配した押圧体の周面付近の形状を引用意匠は曲面としたのに対し、本願意匠は押圧体の周面中央部分を平坦とした点にそれぞれ差異があることは、いずれも当事者間に争いがない。
2 まず、本願意匠に係る物品であるあんま器の意匠の要部について検討するに、右形態のあんま器の通常の使用方法が、握持棒を両手で握り、身体の必要箇所に押圧体を当接させ、その当接状態を握持棒に対する加圧及びその移動等によつて調節しながら利用するものであることは、右物品の用途及び形状自体から明らかであるところ、右物品のかかる構成、用途及び通常の使用態様等からすると、その意匠の要部は握持棒及び押圧体の構成並びにその態様にあると解するのが相当である。そこでかかる観点から両意匠をみると、両意匠は、全体を握持棒とその中央付近に嵌着した一対の押圧体で構成し、押圧体の全体の形状を略球状とし、その中央周面に複数個の小突起を複数整列に配し、丸棒状とした握持棒の両端寄り付近に凹凸状の握り部を形成した態様において、それぞれ共通することは、前記のとおり、いずれも当事者間に争いがない。
そうすると、両意匠は握持棒及び押圧体の構成及び態様という要部を構成する主要な点において一致しているということができる。
原告は、この点につき、丸棒状の握持棒の中央付近に一対の押圧体を配する両意匠の基本的構成態様は、本願意匠の出願当時、既に周知であつたから、右基本的構成態様の共通性のみをもつて、両意匠の類否を判断すべきではなく、押圧体の具体的形状、その握持棒に対する大きさ等を具体的に観察して類否を判断すべきであると主張する。なるほど、いずれも成立に争いのない甲第五号証の一ないし六によれば、本願意匠に係る物品にあつては原告主張の前記構成態様は、本願意匠の出願前において、周知の構成であつたことが認められるところである。
しかし、前述したように意匠の要部は、当該物品の構成、用途及び通常の使用態様等を総合して決せられるべきものであるから、当該物品の基本的構成態様が周知であるとの一事をもつて、右構成態様が意匠の類否判断における要部性を喪失するものと解することはできない。したがつて、かかる観点から、本願意匠の要部を握持棒とその中央付近に嵌着した一対の押圧体からなる構成並びに握持棒及び押圧体の態様にあるとした審決の前記の認定判断は正当というべきである。もとより意匠の類否判断は、要部のみにとらわれることなく、意匠を全体として観察した上で行うべきものであることはいうまでもないところであり、本件においても、審決は前記の要部のみを対象として類否を判断しているものではなく、原告主張の各差異点についても検討を加えた上、類否の判断を行つているものであることは、前記の当事者間に争いのない審決の理由の要点からも明らかであるから、原告の前記主張は採用できない。
そこで進んで、原告が指摘する各差異点についてみると、原告は、本願意匠における握持棒に対する押圧体の相対的大きさは、引用意匠のそれよりもはるかに大きく、また、その形状を異にするのであり、看者に異なる美感を与えると主張する。そこで、右主張についてみるに、別紙意匠目録一、二によれば、本願意匠における押圧体の握持棒に対する相対的大きさは引用意匠のそれより大きいこと及び本願意匠においては二つの押圧体が分離していること(この点は当事者間に争いがない。)もあつて、引用意匠のそれに比較してより球形に近い形状であることが認められる。しかしながら、本願意匠の押圧体の形状が略球状である点において引用意匠のそれと一致することは、前記のとおり当事者間に争いがなく(なお、右各押圧体の形状と前掲甲第五号証の一ないし四及び同号証の六の各意匠における各押圧体の形状とを対比してみれば、両者の類似性は一層明確である。)、右各意匠目録によれば、その大きさにおいてもその機能を害しない限度で容易に変更が可能な範囲に止まることが認められることからすると、これらの差異点は部分的な改変の域に止まるものといわざるを得ない。このため右の差異点は、両者が略球状において一致するという両意匠の共通性を凌駕する程の印象を看者に与えるものとはいえない。なお、原告は、両意匠における握持棒に対する押圧体の相対的大きさの対比についてそれぞれ長さ比、幅比の数値によりその差異を主張する。しかし、原告の主張する右の数値上の根拠は明らかでなく、あらためて計測すると、長さ比は本願意匠においては約一対三、引用意匠においては約一対五であり、幅比(握持棒については握持部の凸状部の幅による。)は、本願意匠においては約二・四対一、引用意匠においては約二・五対一であることが認められる。右計測結果によれば、両意匠における握持棒と押圧体の幅比はほとんど等しく、長さ比における差異も単に数値上のものに止まり、右に述べた両意匠の共通性に鑑みれば、現実に著しい異別感を与えるものとまで認めることはできない。したがつて、原告の前記主張も採用できない。
次に、原告は、本願意匠の二個の押圧体は完全に分離されているため両者間には一体感、連続感が全くなく、男性的でどつしりした安定感が感取されるのに対し、引用意匠の押圧体は一体成形されて瓢箪形を呈し、女性的でか細い繊細感が感取されるから、両者は全く異なる美感を発現していると主張するので、以下この点について検討する。まず押圧体及び押圧体間の形状についてみると、本願意匠は二個の押圧体が分離され各押圧体の間に棒状部分が露呈しているのに対し、引用意匠は二個の押圧体が一体成形されて連結している点において差異があることは、前記のとおり、当事者間に争いがない。そして、前記意匠目録一、二によれば、本願意匠の押圧体間は、各押圧体とその間に露呈している棒状部分が凹状を形成しているのに対し、引用意匠の押圧体間は各押圧体が凹弧状を形成していることが認められる。しかしながら、前掲甲第五号証の一ないし五によれば、あんま器において、二つの押圧体を分離して形成する意匠の手法は本願意匠の出願前に既に広くみられるところであつて、本願意匠のみの特徴とすることはできない。さらに本願意匠の具体的態様についてみると、右各意匠目録によれば、本願意匠の押圧体間の棒状部分の露呈部分は僅かである上、押圧体間の形状が前記の凹状と凹弧状かの問題は、元来、右部分があんま器全体からみるとごく僅かな部分であり、しかも機能的役割も格別有しないことから、それほど看者の注意を引き易い場所ではなく、右差異の程度も微細であつて部分的改変に止まるため、これら差異点が看者に与える印象は微弱なものといわざるを得ない。そうすると、これらの差異点は、前記のような要部における共通点がもたらす類似した印象を凌駕するものとは到底いえない。したがつて、原告の右主張も採用できない。
さらに、原告は、本願意匠の押圧体に設置された小突起は、各押圧体の平坦部に三列同等の高さで配され、右平坦部は小突起列の外側にまで及んでいることから幅広い平坦面であるとの認識を看者に与えるのに対し、引用意匠のそれは二列であり、球面状の押圧体に設置されていることから全く平坦感がないと主張し、両者は異なる印象を与えると主張する。そこで、押圧体の中央周面にある小突起の状態についてみると、本願意匠においては押圧体の中央周面の平坦部に握持棒と垂直に小突起が三列整列に配されているのに対し、引用意匠のそれは押圧体の中央周面に握持棒に垂直に小突起が二列整列に配されている点で差異があることは、前記のとおり、当事者間に争いがない。そして、前記意匠目録一によれば、本願意匠の小突起が配された平坦面は、その両側に続く球状周面と一体となつて略球状の押圧体の周面を構成している上、右部分にはほぼ全面にわたつて半球状をした小突起が三列配されている(小突起が三列配されていることは当事者間に争いがない。)こともあり、右平坦面の印象は押圧体の球状周面のそれに吸収されているものであつて、独立した効果を主張するものとは認めがたく、これを子細に観察しない限り、それが看者に平坦面として識別されることは困難であると認められる。そうすると、右の差異点は前記のように、略球状とする形状において共通し、かつ大きさにおいて顕著な差異のない押圧体において、類似した形状の小突起が一列多いという程度の微細な差異にしかすぎないものというべきであつて、かかる差異は、その機能を害しない限度において、容易に行われ得る改変の域を出ないものであるから、この点に関する原告の主張も採用しがたいものというべきである。
以上からすると、原告主張の前記の各差異点は、いずれも微細な差異点と評すべきものであり、このことは、意匠に係る物品を同じくする前掲甲第五号証の一ないし六の各意匠と対比してみても一見して明かというべきであつて、本願意匠と引用意匠の要部における前記の共通点がもたらす類似した美感を凌駕するほどのものとは到底いえない。
3 以上のとおりであるから、本願意匠と引用意匠が類似しているとした審決の認定判断は正当であり、ここに原告主張の誤りはない。
三 よつて、本訴請求は失当であるから棄却する。
〔編注1〕本件の特許庁における手続の経緯は左のとおりである。
原告は、昭和五七年一二月三日、意匠に係る物品を「あんま器」とする意匠(以下「本願意匠」という。)につき意匠登録出願(昭和五七年意匠登録願第五四三三九号)をしたところ、同五九年一一月三〇日拒絶査定を受けたため、同六〇年二月二七日、審判の請求をした。特許庁は、右請求を同年審判第三三六六号事件として審理した結果、平成二年一〇月二五日、右請求は成り立たない、とする審決をした。
〔編注2〕本件における意匠目録は左のとおりである。
別紙 意匠目録一
<省略>
別紙 意匠目録二
日本国特許庁
昭和55.10.9発行 意匠公報(S) 12―14
541503 出願 昭53.4.28 意願 昭53―17409 登録 昭55.7.31
意匠に係る物品 接摩器
この意匠は図面代用写真によって表わされたものであるから細部については原本を参照されたい
<省略>
<省略>
<省略>